経済が停滞しても幸せな国ニッポン?

以下はJBPRESSで見つけたfinacial timesの記事
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経済が停滞しても幸せな国ニッポン
人生には成長より大事なものがある
2011.01.07(Fri)  Financial Times
(2011年1月6日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
日本は世界で最も成功した社会か? こう問いかけただけでも、冷笑を誘い、読者が朝食のテーブルでふき出すことになるだろう(分かった、この際正直に言えば、それを意図した問いだ)。
こうした考えはまさしく、我々が日本の経済停滞や債務、企業の衰退について耳にしてきたすべてのことと相反する。
韓国や香港、米国のビジネスマンに日本をどう思うか尋ねれば、10人中9人は悲しげに首を振り、普段はバングラデシュの洪水の犠牲者に向けられるような悲嘆に暮れた表情を見せる。
「あの国に起きたことは、本当に嘆かわしいことだ」。シンガポールの著名な外交官は最近、筆者にこう語った。「彼らはすっかり道に迷ってしまった」
「失われた20年」を裏づける名目GDPの停滞
日本の衰退を論証するのは簡単だ。名目国内総生産(GDP)は大雑把に言って、1991年と同じ水準にある。これは、1度ではなく2度の「失われた10年」があったことを裏づけるように見える粛然たる事実だ。
JPモルガンによれば、世界のGDPに占める日本のシェアは、1994年時点で17.9%だった。昨年はこれが8.76%に半減した。ほぼ同じ期間に、世界の貿易に占める日本のシェアはGDPのシェア以上に落ち込み、4%まで低下した。
株式市場はいまだに1990年の4分の1程度の水準でのたうち回っており、デフレがアニマルスピリッツを奪っている(一般的に日本は「魔力」を失ったと言われる)。プライベートエクイティ(非上場株)投資会社は、日本企業がいずれ株主を最優先するようになるという夢想に見切りをつけた。
確かに、こうした事実は1つの物語を描き出している。しかし、それは部分的な物語に過ぎない。
実質的な富の創造では米国と大差なし
日本に関する多くの悲嘆の根底には、2つの前提がある。1つ目は、成功した経済とは、外国企業が容易に金儲けできる経済のことだ、というもの。この基準からすると、日本は失敗で、戦後イラクは輝かしい勝利となる。2つ目は、国家経済の目的は他国を凌ぐことだ、というものだ。
これとは異なる見解に立ち、国家の仕事は自国民に仕えることだとすれば、最も狭義の経済認識からしても、状況はかなり違って見えてくる。日本の実質的なパフォーマンスはデフレと人口停滞によって覆い隠されてきた。だが、1人当たりの実質国民所得(実際に国民にとって大事な数字)を見ると、日本の状況はそれほど暗いものではなくなる。
米国野村証券のチーフエコノミスト、ポール・シェアード氏がまとめた数字によれば、この尺度では、日本は過去5年間に毎年0.3%ずつ成長してきた。これは大きな数字には思えないかもしれないが、米国はもっと成績が悪く、同じ期間の1人当たり実質国民所得の伸びがゼロだった。
過去10年間を取ると、日本と米国の1人当たり実質国民所得の伸びは肩を並べ、ともに年間0.7%ずつ成長してきた。米国の方が好成績を上げた時期を探すには、20年前までさかのぼらなければならない(米国の伸びが1.4%、日本の伸びが0.8%となる)。
日本が悲惨な思いをした20年間に、米国の富の創造は日本のそれを上回ったが、大きな差はなかったのだ。
世界に誇れる多くの要素

日本人自身も頻繁に、GDP以外の繁栄の基準を口にする。日本の安全性や清潔さ、世界に誇る料理や社会的緊張の欠如といったものだ。彼ら日本人(と筆者)が曖昧な思考を責められないように、厳然たる事実をいくつか挙げておこう。
日本人はほかのどんな大国の国民よりも長生きする。日本人の平均寿命は82.17歳で、米国の78歳を大きく上回る。失業率は5%と、日本の標準からすると高いが、多くの欧米諸国の水準の半分程度だ。
日本が投獄する人の数は、人口比で米国の収監者数の20分の1だが、それでも日本は世界有数の犯罪率の低さを誇っている。
文学者の加藤典洋教授は昨年、米ニューヨーク・タイムズ紙への示唆に富んだ寄稿で、日本は無限の発展という幻想がもっと奥深いものに取って代わられた「ポスト成長時代」に入ったと論じた。消費しない日本の若者は「ダウンサイジング運動の先頭に立っている」と教授は言う。
その論調は、ジョナサン・フランゼンの小説『Freedom(自由)』に登場する英雄的な変わり者で、成熟した経済の成長は成熟した生命体の腫瘍と同じように、健全ではなくがんのような病だと語るウォルター・バーグランドに多少似ている。
「日本は世界第2位である必要はないし、第5位、あるいは第15位でなくてもいい」。加藤教授は寄稿にこう書いた。「もっと大事なものに目を向ける時だ」
経済成長以上に大事なもの
アジア専門家のパトリック・スミス氏は、日本は後れを取った国というよりはモデル国だという意見に賛同する。「日本は近代化の必要性から急進的に西洋化しようとする衝動を乗り越えた。これは中国人がキャッチアップしなければならないことだ」とスミス氏。日本は欧米以外のどんな先進国よりも、自国の文化と生活のリズムを守ってきたと言う。
ただし、それも、やり過ぎてはならない。高い自殺率や女性の限定的な役割、そして、日本人自身が幸福度に関するアンケート調査に回答する際の答えが物語るのは、21世紀に完全に心穏やかでいられる国ではない。
また、日本が余生を過ごしている可能性もある。日本の公的債務は世界有数の高さだ(もっとも、重大なことに、外国人から借りている分はゼロに近い)。比較的若く、低賃金で働いている世代は、日本が今快適にまどろむ糧となっている多額の貯蓄を築くのに苦労するだろう。
もし国家の仕事が経済的な活力を示すことであるとすれば、日本は大失敗している。だが、もし国家の仕事が、国民の雇用と安全を守り、国民が経済的にある程度快適な暮らしを送り、長生きできるようにすることだとすれば、日本はそれほどひどくしくじってはいない。
By David Pilling

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この手の日本に好意的な記事を書くのは、英国が多い。同じ老大国として共感をもてるからだろうか?

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