人生最初の記憶

僕の本籍は、中野区本町6-64である。この番地は現在はない。青梅街道と中野通りの交差点のそばである。この地での記憶はまったくない。生まれてしばらくして、杉並区和田本町(現在の和田)に引っ越した。区は、中野から杉並に変わるが、隣の町であり、歩いて数分の距離である。この一軒家での記憶が最初の記憶である。家の裏の金網に手をかけて立っていて、隣の下の空き地で遊んでいる子供を見ているという記憶である。「下」と書いたは、家の裏手が少し段差になっていたからである。1メートルくらいの段差であった。当時の自分の身長は数10センチであったから、1メートルくらいの段差でも、十分「下」なのであった。たぶん、一人でその金網のところまで歩いて行ったのであろう。3歳位くらいのことである。
犬を飼っていたと親から聞かされたが、これはまったく記憶にない。その犬は程なく死んでしまったらしい。
その家の前の道は、車一台が通ればいっぱいになってしまう程度の幅であった。その道を家三軒ほど右に行くと、四つ角になっている。そのまままっすぐ行く道は、舗装が途切れ、私道みたいになっていて、少し曲がりながらゆるやかに登ってゆく道であった。その角の左手の道は、下り坂であった。竹らしき木が茂り涼しげな感じがする坂であった。そして、その角の右手の道は下り坂気味の道であり、すぐバス通りに出た。バス通りと言っても、かろうじてバスが通れるくらいの幅の道である。数件商売をしている店があった。そっちの方向が賑わいの方向であった。
以前、高校訪問でその家のそばまで行ったときに、その高校から中野駅まで歩いた際に、そのあたりを通ったが、50年ほど前の自分の記憶どおりであった。子供たちが遊んでいた空き地がなくなっていたが、その他はほぼ同じであった。
家の前は寺であった。寺の墓地であった。墓は塀で見えないが、一般的には、あまり良い環境ではない。
4歳のころに、名古屋に引っ越した。親は家を売ったのだが、買い手は、立正佼成会の人であったらしい。「大聖堂」がそばなので、その家が気に入ったらしい。立正佼成会の聖堂が家の西南にあり、家から(たぶん)見える。

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