パスカル

僕は、パスカルが好きです。パスカルとは、あのパンセを書いた人です。パンセの中でもっとも有名なのは「人間は考える葦である」ですが、僕が好きなのは、「二つの無限」です。ブランシュビック版では72番目で、パンセの中で最も長い章です。その一部を紹介しましょう。

われわれは確実に知ることも、全然無知であることもできないのである。われわれは広漠たる中間に漕ぎいでているのであって、常に定めなく漂い、一方の端から他方の端へと押しやられている。われわれがどの極限に自分をつないで安定させようとしても、それは揺らめいて、われわれを離れてしまう。そしてもし、われわれがそれ追って行ゆけば、われわれの把握からのがれ、われわれから滑りだし、永遠の遁走でもって逃げ去ってしまう。何ものもわれわれのためにとどまってはくれない。それはわれわれにとって自然な状態であるが、しかもわれわれの性向に最も反するものである。われわれはしっかりした足場と、無限に高くそびえ立つ塔を築くための究極の不動な基盤を見いだしたいとの願いに燃えている。ところが、われわれの基礎全体がきしみだし、大地は奈落の底まで裂けるのである。

パスカルから約1世紀後のフランスは、進歩的な啓蒙思想家(ディドロやダランベールたち)が主流になります。ラプラスは、ナポレオンに本を献呈したときに、ナポレオンから「あなたの本は神について書いてないが」と言われて「われわれは神なしでやってゆけます」と答えたらしいです。これは、当時の思想を端的に示すエピソードです。

その啓蒙思想家が、上のパンセの文章を読んで、パスカルの頭に欠陥があると言ったそうです。

しかし、その後の状況を考えると、僕には、パスカルの方が正しいように思わます。欠陥があるのは、パスカルの頭ではなく、ディドロやダランベールたちの頭のほうではないでしょうか。

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