宮沢賢治

この間、宮沢賢治の記念館に行った。新幹線の新花巻駅からタクシーで数分の所にある。宮沢賢治の実家は、質屋・古着商をしていた。結構、裕福な家庭だったようである。タクシーの運転手が、「この辺の山のいくつかは宮沢家の持ち物で、宮沢賢治記念館も宮沢家の所有の山の上にある。」と言っていた。その口調は憎憎しげであった。どうも地元民は、宮沢家にあまり良い感情を持っていないようである。山は、金を借りるための担保だったのであろう。そして借りた金を返せなくて山を取られたのであろう。

賢治もその質屋の番頭をしていたようであるが、あまり好きではなかったようである。金を借りに来た貧しい農民にたくさん金を貸して、後で、父親から「こんな安物で、なぜ、そんなに貸したんだ!」としかられたようである。この父親に関しては、最近、本(銀河鉄道の父)が出た。

宮沢賢治記念館から東京に戻ってきて、銀河鉄道の夜を久しぶりに読み直してみた。本棚に、子供用の本(あかね書房版)があったので、それを読んでみた。漢字が少なくて、ひらかなが多いので、少し読みづらかった。この本では、カンパネルラが川でおぼれた後に、ジョバンニとカンパネルラが銀河鉄道に乗るという話の流れになっていた。銀河鉄道の夜は、遺稿を整理したものなので、いくつかの稿がある。最後の稿では、銀河鉄道の場面が先で、川の場面が最後みたいである。

それにしても、銀河鉄道の夜の「透明感」はどこから来るのかな、と思った。登場人物の名前がカタカナなのも、透明感に寄与しているのかもしれない。もう少し考えてみたい。

銀河鉄道の夜の「銀河鉄道」は、当時の岩手軽便鉄道(現在の釜石線)がモデルだったようである。最近は、「銀河鉄道の夜」をテーマにしたSL銀河という蒸気機関車が走っている。私は運良くそれに乗れた。SL銀河はたしか特別列車という名前がついていた。「特急列車」ではない。時間は普通の各駅停車よりかかった。

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