サロゲート

昨日、サロゲートという映画の試写を見ました。サロゲートとは身代わりロボットのことです。このロボットが人間の生活の代行をするのです。人間は、そのサロゲートを部屋のいすに座って遠隔操作するだけなのです。
そのサロゲートに反対する人たちは自治区を作っています。
その自治区に、サロゲートを破壊する機械があり、それでサロゲートを壊すと遠隔操作している人間のほうも死んでしまうのです。
その機械を奪おうとして戦いが繰り広げられます。

この映画の監督は「身体的接触がどんどん希少になっていく世界で、愛の観念はその意味を失うのではないだろうか?それがこのストーリーを通して私たちが探求しようとしたテーマのひとつだ」と言っています。私は、こういう哲学的な内容を期待して映画を見ましたが、映画の内容はアメリカ的な単純なものでした。

監督がこの映画はSF映画だというのなら、私は何もいいません。しかし、監督がこの映画は「愛の観念が意味を失う云々」という映画だというので、意見したくなります。
もし、そういう映画にしたいのなら、朝から晩まで部屋のいすに座ってサロゲートを操作だけしている人間の心理を描写すべきですが、それはまったくありません。精神と身体は単純に分割できると考えているようです。

また、サロゲートに反対する自治区を、必要以上に、汚く描写しているのも気になりました。監督の差別意識の現われなのでしょうか。

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