Archive for 12月, 2010

中国の経済成長は限界?

水曜日, 12月 29th, 2010

以下はJBPRESSの記事
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中国の成長モデルは持続不可能であり、緊急の経済・政治改革を断行しない限り、中国は突然の減速に見舞われる――。中国の名高い学者がこんな警鐘を鳴らした。
 警告を発したのは中国人民銀行(中央銀行)の元通貨政策委員である余永定氏で、中国の目覚ましい成長物語に対する厳しい告発文は国営紙「チャイナデイリー(中国日報)」に掲載された。
 寄稿は、社会的緊張の高まり、汚染、公共サービスの欠如、過度な輸出依存、特に不動産への過度な投資依存を中国経済の将来に対する脅威として挙げている。
構造調整がなければ急減速の恐れ

 「中国の急成長は異常に高いコストをかけて達成されてきた。将来世代だけが、ようやく本当の代償を知ることになる」。余氏は寄稿でこう書いた。「成長パターンは今や、潜在力をほぼ使い果たした。このため、中国は極めて重大な岐路を迎えた。痛みを伴う構造調整がなければ、経済成長の勢いが突如、失われかねない」
 余氏がこうした発言をする一方で、世界の観測筋の多くは既に、中国が米国を抜いて世界最大の経済大国になる必然性を受け入れている。中国国内では、多くの共産党幹部が、世界金融危機時の中国の回復力が示した「中国の特性を備えた社会主義」の優位性について盛んに論じている。

 中国経済は今年第3四半期に前年同期比9.6%成長した。だが、消費者物価指数の伸び率(前年同月比)が10月の4.4%から11月の5.1%に上昇した後、多くのエコノミストは経済の過熱を心配している。
 余氏は中国の政策立案に対して大きな影響力を持ってきた。人民銀行での役割に加え、中国社会科学院の世界経済政治研究所長を務めた経歴もある。
 同氏の厳しい批判は、中国の指導部の多くが若い世代と交代する2012年の移行期を控えて、政策当局者の間で繰り広げられる議論を反映している。
香港城市大学で政治学を教えるジョセフ・チェン教授は、改革志向の多くの学者は「指導者たちがポストを巡る権力争いに没頭している」ために改革が停滞してしまったことを懸念していると言う。
GDPを増やすために穴を掘っては埋める地方政府
 余氏は、イノベーション(技術革新)と創造力の欠如を中国経済の「アキレス腱」として挙げ、非効率な資本の利用法を嘆いている。
 「一部の地方政府は文字通り、国内総生産(GDP)を増やすために、穴を掘っては、それを埋めている。その結果、あまりに多くの豪華なマンションや堂々たる政府ビル、空にそびえる超高層ビルが乱立している」と書いた。
 余氏の見解の大半は以前にも表明されたものだが、支配階級の有力な学者のこれほどの不満を国営メディアで目にすることは珍しい。同氏は一連の発言の中で、政府関係者と財界人との「癒着を断ち切る」ための政治改革も求め、次のように書いている。
 「中国の現行制度の取り決めの下では、能力主義が優れた統治の必須条件となるが、その能力主義が、追従と冷笑の政治文化によって蝕まれている。今再び、経済発展の議論が政治改革の必要性を前面に押し出している」
 「もし中国が『金持ちと権力者の資本主義』という現行制度を変え、『社会的緊張を助長している』貧富の格差拡大を食い止めることができなければ、『深刻な反発が醸成されていくだろう』」

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日本も同じような問題をかかえている。

日本、トルコ原発を受注?

木曜日, 12月 23rd, 2010

以下は、産経の記事
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原発受注、日本巻き返し 韓国打ち切りのトルコと「逆転交渉」
2010.12.22 02:00
 日本が週内にトルコとの間で原発建設交渉入りで正式に合意し、最終的な受注に向けた条件のすり合わせに入ることが21日分かった。トルコはこれまで続けていた韓国との交渉を11月で打ち切っており、日本の逆転受注が強まった。日本は昨年12月以降、原発商戦で韓国、ロシアに連敗していたが、10月末にはベトナムからの受注を成功させた。政府は6月に決定した新成長戦略で、原発や高速鉄道の受注を強めている。官民連携により、原発をめぐる国際商戦での日本の巻き返しが始まった。
 トルコは、ユルドゥズ・エネルギー天然資源相が週内に来日し、日本政府や原発メーカーの代表者らと会談する。トルコは黒海沿岸シノップでの原発計画で、韓国と交渉を進めていた。トルコは、原発建設に必要な1兆7千億円規模の資金の低利調達を求めたが、「挙国態勢で原発輸出に取り組んできた韓国には大規模な資金を低利で貸し出す力が残っていない」(政府関係者)ことから、交渉がストップした。
 一方、トルコは日本と同じ地震国で「日本の原発の耐震性を評価している」(経済産業省)として急遽(きゅうきょ)、日本との交渉が浮上した。
政府は今月10日、韓国の交渉の敗因になった資金支援での障害をなくすため、民間金融機関の海外融資への公的保証や為替リスクの引き受けを強化する方針を決定し、万全の態勢を整えた。「巨額で返済期間が長期になるプロジェクトでは、政府の後押しが不可欠」(メガバンク幹部)で、官民一体で受注決定までこぎつける構えだ。
 原発先進国の日本とフランスは昨年12月、アラブ首長国連邦(UAE)の原発受注で、海外で実績のなかった韓国に敗れた。フランスのメディアは「(ナポレオンが敗退した)ワーテルローの戦いに匹敵する敗戦」と報じたが、背景には「60年間の運転保証」という韓国の異例の条件提示があった。今年2月にはベトナムでロシアが日本に先行して2基の原発受注を決めたが、軍事供与の見返りとされるなど、原発の国際商戦は激しさを増している。

中国経済の今後

木曜日, 12月 16th, 2010

以下は、本日の産経新聞の記事
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【石平のChina Watch】空虚マネー…中国、水増し経済成長の悲惨な行く末
2010.12.16 09:02
上海の証券会社で、株価ボードを見つめる男性。中国〝水増し経済〟の行く末が懸念される(ロイター)
  中国では今、食料品を中心に物価の急速な上昇が深刻な問題となっている。最新統計資料によると、今年10月における野菜価格は前年同期比で31%増、果物 価格は17.7%増、11月の住民消費価格指数は5.1%増と、いずれも25カ月ぶりの「高水準」を記録しているという。
 インフレの高進 がそれほど深刻なのはなぜか。最近、中国人民銀行(中央銀行)の元副総裁で、現在全国人民代表大会財政経済委員会の呉暁霊副主任の口から実に興味深い発言 があった。彼女いわく、「過去30年間、われわれはマネーサプライ(通貨供給量)を急増させることで経済の急速な発展を推し進めてきた」という。
 実はこの発言こそ、中国が直面しているインフレ問題の根本的原因と、今までの中国経済成長の「秘訣(ひけつ)」の両方を明かしている。
 そう、中国は今までの30年間、まさに「通貨の過剰供給」、すなわち札の乱発によって「経済の急速な発展」を無理やりに維持してきた。そして、無理したツケは、今のインフレ問題となって回ってきているわけである。
  中国政府の統計によると、2009年末時点で33兆5400億元に達した中国GDP規模は1978年の3645億2000万元の約92倍だが、広義マネー サプライ(M2)は1978年の859億4500万元から09年の60兆6千億元と、31年間で約705倍に膨らんだ。
つまりこの31年間で、経済の規模が92倍に増大したのに対して、供給された通貨、すなわち札の量は、経済規模の増大の約8倍に膨らんだわけである。
  今までの中国の経済成長はまさに札の乱発によって作り出された水増しの経済成長であることが分かるが、すさまじいインフレがそこから生じてくるのも当然の 結果であろう。実体経済の裏付けのない「空虚のマネー」がそれほどに乱発されると、当然、貨幣の価値が大幅に落ちてしまうことになる。それがインフレ、物 価の上昇となって表れてくるのである。
 そういう意味で、中国のインフレはそう簡単に収まりそうもない。過去30年のツケが回ってきたわけだから、それを時間をかけて払わなければならない。インフレはこれからも、かなり長い期間にわたって中国全土を席巻することになるだろう。
  こうした中で、いかにしてインフレの高進に対処するのかは中国政府にとっての緊急課題となりつつある。中国人民銀行は10月に2年10カ月ぶりとなる利上 げを実施し、11月に預金準備率を過去最高水準に引き上げたのもまさにインフレ退治策の一環であるが、12月3日、中国共産党は政治局会議を開き、「適度 に緩和的」だった金融政策を「穏健的(慎重)」に変更すると決めたことも注目すべきであろう。
 中国指導部はそれで、インフレ退治のための金融引き締め策へ転じるそぶりを見せはじめているが、彼らには依然、思い 切った金融引き締めへ舵(かじ)を切る覚悟ができていない。本欄がかねて指摘しているように、本格的な金融引き締め策を採ってしまうと、その副作用として 不動産バブルの崩壊と経済の急落が避けられない。インフレの高進を恐れているのと同じ程度に、中国政府は経済の急落も非常に危惧している。
 中国政府がこの深刻なジレンマからどう脱出するのかが「お手並み拝見」である。少なくとも、今まで30年間、貨幣の過剰供給によって支えられてきた高度成長が終焉(しゅうえん)を迎えることは確実ではないだろうか。

あしたのジョー

木曜日, 12月 16th, 2010

以下は、日経オフタイムで見つけた記事
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「あしたのジョー」は実写にしていいのか?
 映画『あしたのジョー』が完成したそうだ。2011年2月11日に公開される。ボクシング漫画の金字塔が過去の遺物にならず、新たな表現を与えられるのは喜ぶべきなのかも知れないが、素直にそう思えないのは、ジョーの存在が自分の中で大きすぎるせいだろうか。
 アニメ『宇宙戦艦ヤマト』も漫画『ドラゴンボール』も、実写映画化に当たっては議論が起きた。「思い出を損なう権利が誰にあるのか」「安易な金儲け」などの批判が浴びせられた。だが、ジョーが同時代の若者に及ぼした影響は現代では想像すら難しいほどだ。
 国内初のハイジャック事件(1970年)で、よど号乗っ取り犯グループは「我々はあしたのジョーである」と言い残して北朝鮮へ向かった。ジョーのライバル、力石徹が作中で亡くなった際には本当の告別式が営まれ、約800人のファンが集まった。
 作家の三島由紀夫は深夜、「週刊少年マガジン」編集部に姿を現し、フライング小売りを求めたという伝説も残っている。「マガジンを売ってほしい。あしたのジョーをあしたまで待てない」と頼み込んだそうだ。
 映画実写版は1970年にも例がある。矢吹丈役は不良少年役で知られた石橋正次が演じた。トレーナーの丹下段平役には新国劇の大物、辰巳柳太郎が扮した。
 今回の映画版では、ジャニーズ事務所所属の男性アイドルグループ「NEWS」の山下智久が丈を演じている。白木葉子役にはファッションモデル出身の女優・香里奈が扮する。
 曽利文彦監督はVFXやCGの達人として知られ、映画『ピンポン』(2002年)では迫力ある映像を見せつけた。女座頭市が主人公の時代劇映画『ICHI』(2008年)も監督した。
 団塊の世代にとっては学生運動の体験と「あしたのジョー」が深く結びついている。ただ、ジョーは団塊だけの所有物ではない。70~71年にフジテ レビ系で放映されたアニメ版は現在の40代以上にも深く根付いている。藤岡重慶の「立てェ、立つんだぁ、ジョオオォ」の声真似ができるこの世代は少なくな い。
 「サンドバッグに、浮かんで消える」で始まる、アニメ版のオープニング主題歌も耳に残る。作詞を手がけたのは、劇団「天井桟敷」主宰の歌人、劇作家の寺山修司だった。
 最終シーンの「真っ白に燃え尽きたジョー」は完全燃焼のイメージとして多くの読者に共有されている。しかし、アニメ版フィナーレから40年を迎え ても、ジョーは燃え尽きたままにしておいてはもらえないようだ。灰にガソリンを掛けて再点火したような延長ラウンドの「あしたは、どっちだ」。

草食化する韓国の男たち

水曜日, 12月 8th, 2010

以下は、朝鮮日報の記事
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 ここ数日間、10-20代の「意気地がない息子たち」に関する記事が、新聞に相次いで掲載されている。北朝鮮による延坪島砲撃事件を受け、隙だらけの国防力について批判する声の中には、豊かな社会で不自由なく育った最近の兵士たちを心配するものも少なくない。もちろん少数だとは思うが、軟弱な「草食系男子」の兵士たちは、南北間の緊張が高まるたび、母親やガールフレンドに電話を掛け、恐怖を訴えるという。また、学習達成度評価の結果、ソウル市内の普通高校で学力が高い上位20校のうち、女子校が13校を占めた一方、男子校は1校しかなかった、という記事もあった。最近の韓国の若い男性は、最前線に立たせれば飢えたオオカミのような北朝鮮軍に恐れおののく一方、覇気あふれる「アルファ・ガール(リーダーシップがあり意欲的で、社会で活躍している女性)」にも根負けする、軟弱な存在になってしまったというわけだ。

 軍隊で精神を鍛え直せば、体力や根性が急に身に付くというわけでもない。息子たちを軍隊に行くまで育ててきた、韓国社会の教育・養育環境は、常に戦争を意識した過酷な環境で鍛えられた北朝鮮軍はおろか、米国やイギリス、フランスといった平和な国々の同年代の男性にも体力面で劣るほど、虚弱な「草食系男子」を生み出すものになってしまった。

 米国の脳科学者、ルーアン・ブリゼンディン教授は、ベストセラー『男の脳、男の発見』で、「男女の脳の構造が異なるため、男の子は小さいうちから活発に動く。男性ホルモンの一種、テストステロンが急増する10代になれば、身体の変化と合わせ、冒険的かつ攻撃的な傾向も強まる」と指摘した。このため、「知育・徳育・体育」を強調する教育目標のうち、男子生徒にとって特に重要なのはスポーツだ。激しいスポーツをすることにより、体力が鍛えられ、それを土台として強い精神力も養われるというわけだ。

 ところで、小学校の場合、この30年間に女性教師の比率が2倍以上に増えた(1980年36.8%→2009年74.6%)。女性教師が多くの科目を担当する小学校の教育現場では、体育が軽視されがちだ。各学校に体育担当の教師を配置し、子どもたちの体力をより体系的に向上させるなど、急速に女性化する学校現場の不均衡を是正するための取り組みはほとんど進んでいない。学校でこれといったスポーツを習得する機会がないため、テコンドー教室やサッカークラブなどの民間教育が発達してきたが、これらも本来、小学校が行うべきことだ。

 中学・高校では、状況はさらに深刻だ。学習内容が入試を重視したものになり、重いかばんを肩に掛けて学校や塾へ通い、夜遅くまで机に向かうようになる。「文弱」といわれた朝鮮王朝時代に比べ、若者たちがさらに「勉強バカ」になったというわけだ。その結果、心も体も軟弱だったり、背は高くても極度にやせていたり、体力がなかったり、野性や闘志がまったく感じられない男子生徒ばかりになってしまった。

 体力はまさに国力だ。国防改革や国力の増強も、小・中・高校のグラウンドに原点を求めるべきなのかもしれない。

姜京希(カン・ギョンヒ)記者(経済部次長待遇)

急速な高齢化で日本は「逆高度成長」に

土曜日, 12月 4th, 2010

以下はJBpress(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4973)で見つけた記事
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急速な高齢化で日本は「逆高度成長」に
古いシステムを守っていると下り坂を転げ落ちる
2010.12.01(Wed) 池田 信夫

JBpressが邦訳して紹介している英エコノミスト誌の日本特集は、人口問題に焦点を合わせている。
 ここで指摘されていることは、かねて日本でも言われてきたが、「少子化対策」と称して子ども手当で「産めよ増やせよ」を奨励したり、後期高齢者の医療費を増やしたりする場当たり的な政策が続けられてきた。
 エコノミスト誌も指摘するように、こういう政策は誤りである。
高度成長は「奇蹟」だったのか
 高齢化そのものを止めることは困難だが、その悪影響を減らすことはできる。そのために必要なのは、まず戦後日本の高度成長を支えたのが人口ボーナスだったという事実を認識し、その上で、現在は逆に歴史上にも例のない速度で進んでいる高齢化への対策を立てることだ。
 年率10%近い経済成長率が20年近く続いた高度成長は「日本の奇蹟」として知られているが、最近ではそれが本当に「奇蹟」だったのかどうかを疑問視する研究も多い。
 戦争で日本の資本ストックは壊滅的な打撃を受けたので、1人あたりGDP(国内総生産)は半減した。これが1970年までに先進国の平均程度に追いついたが、図1のようにこれは戦前からのトレンドを延長したものに近い。


図1 1870~2003年の日・英・米の1人あたりGDPの推移(縦軸は対数目盛)
(出所:世界銀行など)

GDPが急速に増えた最大の原因は、人口が増えたことだ。1945年に7200万人だった日本の人口は、70年には1億500万人と1.45倍になった。この間に実質GDPは約10倍になっているので、その一部は人口成長率で説明できるわけだ。
農村から都市への人口移動が高度成長をもたらした
 残りのうち、かなりの部分は農村から都市への人口移動で説明できる。
 図2は成長率と農村から都市への人口移動率を重ねたものだが、70年代まではほぼ重なっている。80年代以降は人口移動が減って成長率も下がったが、成長率が上方に乖離している。


図2 実質GDP成長率と農村から都市への人口移動率(1955年を100とする)
(増田悦佐『高度経済成長は復活できる』より)
 つまり高度成長は、急速な人口増加と、それによって農村の若者が都会に出ていったことによってかなり説明できるのだ。
 したがって70年代に日本が到達した成長率が、成長理論で言う「定常状態」で、80年代にそれを上回るバブルが発生し、90年代に消滅したと見ることができる。
 つまり、現在の低成長は定常状態に近いので、これを大きく引き上げることは難しい。むしろ労働人口が急速に減ることを考えると、マイナスが大きくなる。過去10年の実績を見ると、日本の資本蓄積と労働人口の減少はほぼ等しい。
 もう1つの影響は、労働人口が減るために消費が減ることだ。高度成長期のエンジンになったのは、都会に出てきた若者が新しい耐久消費財を買う旺盛な消費意欲だったが、これも高齢化によって衰える。しかも、個人金融資産の3分の2は60歳以上が持っているので、新しい投資に向かわないで預貯金が増える。
 要するに、かつて高度成長をもたらした人口ボーナスがなくなるばかりでなく、高齢化と労働人口の減少によって、こうした要因がすべて逆転し、労働人口と消費が減り、都市の高齢化でエネルギーが失われる「逆高度成長」とも言うべき現象が起こるのだ。

ただ、GDPが下がっても、人口が減少するので1人あたりGDPはマイナスにはならないだろう。むしろ過密な都市が住みやすくなるかもしれない。
 しかし問題は、所得が均等に分配されないことだ。以前の記事でも紹介したように、日本の社会保障は貧しい若者から豊かな高齢者に所得を移転しており、これから高齢化が進むと、この傾向はさらに激しくなる。
都市から農村へ、若者から老人への所得移転を止めよ
 経済情勢は予測しにくいが、人口動態はかなり正確に予測できる。したがって対策もはっきりしている。
 成長率は「資本蓄積率+労働投入率+生産性上昇率」で決まるので、前述のように資本蓄積と労働投入が打ち消し合うと、生産性上昇率が成長率にほぼ等しくなる。したがって労働人口減少の負の影響を小さくするには、生産性を高めることが重要だ。
 特に労働生産性が低いのは、終身雇用などの硬直的な雇用慣行のために、生産性の低い古い企業から新しい企業に人材が移行することが困難だからである。
 また年功序列の賃金体系も、働く若者の生み出した所得を中高年に移転し、既存の社員の雇用を守るために新卒の採用が減らされている。おかげで今年の大卒内定率は6割を切ったと言われる。これも老人の既得権のために若者を犠牲にするシステムだ。
 ところが民主党政権は、労働者派遣法の改正によって硬直的な労働市場をさらに硬直化させ、来年度予算でも社会保障関係費を聖域にして1.3兆円の「自然増」を容認している。こういうバラマキ福祉のツケは、すべて若者に回るのだ。
 高度成長期に人口が増え、特に都会の若者が増えた時代には、年功序列の賃金体系は安い若年労働力を調達するのに便利で、彼らが人口の大部分を占める時代には、今のような賦課方式の年金制度も負担が軽かった。
 しかし今、逆高度成長によって、この歯車がすべて逆に回り始めている。
 日本が上り坂だったころは、無能な政治家でもよかった。政治なんかなくてもよかったのだ。しかし、下り坂を下るのは、上るよりはるかにむずかしい。
 成長率の高い都市から低い農村へ、生産性の高い若者から低い老人に所得を移転する政策をやめ、年功序列をやめて財政負担を均等化する必要がある。
 それを避けて過去の成功体験にしがみついていると、日本は坂道を転がり落ちるだろう。

インドが中国を追い抜く?

土曜日, 12月 4th, 2010

以下は、中央日報の記事
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トイレより携帯電話が多い国。 それはインドだ。 携帯電話の加入者は12億人の人口の半分に達する半面、まともなトイレを使用できる人はわずか3分の1だ。 大多数の国民に基本的な衛生インフラさえも提供できないインド政府の無能さを皮肉るため、今年の春に国連が発表した統計だ。 裏を返せば、この数値は民間企業の驚くべき能力を誇示している。 トイレもなく暮らす貧民層にまで電話機を売っているのだから。

「インド経済は、政府のおかげではなく、政府がいるにもかかわらず発展する」というインド出身評論家ファリード・ザカリアの言葉も過言ではない。 トイレのみならず、インドは劣悪なインフラで悪名高い。 それを克服したのが企業の力だ。 「道路・港湾が劣悪なため物を輸出するのが難しければ、電線・電話線を通じてサービスを輸出すればよい。 政府が眠る夜中にむしろ経済は成長する」(グチャラン・ダース元プロクター・アンド・ギャンブル・インディア代表)。 「世界のコールセンター」と呼ばれるほど評判がよいサービス産業、結局は政府のおかげ(?)なのか。

インド経済の本当の競争力は絶えず供給される「若い血」。 1世帯当たり2.6人の高い出産率で人口の半分が25歳以下だ。 これに対し、同じく人口大国のライバル中国は急速に老いている。 2050年には65歳以上の高齢者が3億人に増える。 先進国になる前に高齢化国家になる最初に事例になりそうだ。 「世界の工場」の役割を果たすのもだんだん難しくなるだろう。

「近い将来、象(インド)が竜(中国)を追い抜く」という声が出ている理由だ。 最近、英経済週刊誌エコノミストは「2011年地球村展望」で、来年にもインドの経済成長率が中国を抜く可能性があると予想した。 ‘階級’差が大きい中国経済に追いつくには、この速度で17年間はさらに成長しなければならないというが、得意顔になるのも分かる。 インドとは違い、政府主導で一糸乱れず走ってきた中国経済が‘一人っ子政策’の影響で足踏みする姿だ。

決して他人事ではない。 世界有数の機関が韓国経済の成長動力を蚕食する最大の伏兵に低出産・高齢化を選んでいる。 この宿題だけでも大変なのに、北朝鮮リスクまでが足手まといになれば狼狽するしかない。 象と竜が競いながら疾走する姿を気楽に眺めている場合ではないのだが…。

申芸莉(シン・イェリ)論説委員