Archive for the ‘政治’ Category

インド、日本に共同軍事演習を提案

土曜日, 10月 29th, 2011

以下は、中国新聞の記事
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原子力協定交渉を促進 日印外相会談、レアアース共同開発も
玄葉光一郎外相は29日、インドのクリシュナ外相と都内の飯倉公館で会談し、東京電力福島第1原発事故を受けて中断している両国の原子力協定締結交渉を進展させていくことで一致した。昨年10月に当時の菅直人首相とシン首相との会談で一致したレアアース(希土類)の開発協力の推進も確認した。

日本はインドを含めトルコやブラジル、南アフリカなど5カ国と原子力協定の締結交渉をしていたが、いずれも原発事故後に見合わせている。今回の合意で国際原発ビジネスを再び進める姿勢を明確にしたことになるが、事故が収束していない中で批判も出そうだ。

また玄葉氏は会談後の共同記者会見で「唯一の被爆国である日本の核軍縮への取り組みを理解してほしい」として、核実験時の協力停止の協定明記を求めた。

原発輸出について野田佳彦首相は9月、国連で原発の安全性を「世界最高水準に高める」とした上で継続する考えを表明している。

会談は2007年から毎年行われている両外相による「戦略対話」として実施。経済分野では、今年8月発効の両国の経済連携協定(EPA)を踏まえた貿易や投資の促進、首都ニューデリーと西部の商都ムンバイを結ぶ貨物鉄道建設計画への協力で一致。閣僚級の経済対話の早期実施も確認した。

安全保障分野では、インド洋のシーレーン(海上交通路)の安全確保に向けた協力で合意。クリシュナ氏はインド海軍と日本の海上自衛隊による共同演習を提案した。

クリシュナ氏は午後に野田首相とも公邸で会談。

原子力協定は平和利用を前提とした原子力関連技術や核物質、機材の移転に関する2国間の取り決め。
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将来、日印安保とかもあるのでしょうか?

日本の地方議会

日曜日, 2月 13th, 2011

以下は、朝日新聞の記事
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だらしないね地方議会 言いなり5割、議員提案なし9割
2011年2月12日

全国の地方議会のうち、首長が提出した議案をこの4年間で一本も修正や否決していない「丸のみ」議会は50%、議員提案の政策条例が一つもない「無提案」議会が91%、議員個人の議案への賛否を明らかにしない「非公開」議会が84%――。朝日新聞の全国自治体議会アンケートで、こんな議会のていたらくがはっきりした。いずれにも当てはまる「3ない議会」は全体の3分の1に及ぶ。
アンケートは1月、都道府県と市区町村の計1797の議会を対象に実施した。回収率は100%だった。
2007年1月からの4年間で、首長提案の議案数は1議会あたり平均414本。修正または否決が3本以下の議会が全体の82%を占めた。
地方分権に伴い、議員には住民のくらしに即した条例づくりが求められるが、4年間で議員提案の政策条例の制定数が1本以下の議会が98%にのぼった。
個々の議員の議案への賛否は、議員の評価に不可欠な情報だが、公開している議会は16%しかなかった。
「行政監視」「政策立案」「情報公開」のすべてが不十分な議会は全国で653議会。京都、兵庫、広島、香川、福岡の5府県議会のほか、県庁所在地では福島、宇都宮、甲府、富山、金沢、和歌山、松江、松山、佐賀、大分、鹿児島の11市議会が該当した。
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地方議会は、基本的にボランティアで良いのでは?

急速な高齢化で日本は「逆高度成長」に

土曜日, 12月 4th, 2010

以下はJBpress(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4973)で見つけた記事
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急速な高齢化で日本は「逆高度成長」に
古いシステムを守っていると下り坂を転げ落ちる
2010.12.01(Wed) 池田 信夫

JBpressが邦訳して紹介している英エコノミスト誌の日本特集は、人口問題に焦点を合わせている。
ここで指摘されていることは、かねて日本でも言われてきたが、「少子化対策」と称して子ども手当で「産めよ増やせよ」を奨励したり、後期高齢者の医療費を増やしたりする場当たり的な政策が続けられてきた。
エコノミスト誌も指摘するように、こういう政策は誤りである。
高度成長は「奇蹟」だったのか
高齢化そのものを止めることは困難だが、その悪影響を減らすことはできる。そのために必要なのは、まず戦後日本の高度成長を支えたのが人口ボーナスだったという事実を認識し、その上で、現在は逆に歴史上にも例のない速度で進んでいる高齢化への対策を立てることだ。
年率10%近い経済成長率が20年近く続いた高度成長は「日本の奇蹟」として知られているが、最近ではそれが本当に「奇蹟」だったのかどうかを疑問視する研究も多い。
戦争で日本の資本ストックは壊滅的な打撃を受けたので、1人あたりGDP(国内総生産)は半減した。これが1970年までに先進国の平均程度に追いついたが、図1のようにこれは戦前からのトレンドを延長したものに近い。


図1 1870~2003年の日・英・米の1人あたりGDPの推移(縦軸は対数目盛)
(出所:世界銀行など)

GDPが急速に増えた最大の原因は、人口が増えたことだ。1945年に7200万人だった日本の人口は、70年には1億500万人と1.45倍になった。この間に実質GDPは約10倍になっているので、その一部は人口成長率で説明できるわけだ。
農村から都市への人口移動が高度成長をもたらした
残りのうち、かなりの部分は農村から都市への人口移動で説明できる。
図2は成長率と農村から都市への人口移動率を重ねたものだが、70年代まではほぼ重なっている。80年代以降は人口移動が減って成長率も下がったが、成長率が上方に乖離している。


図2 実質GDP成長率と農村から都市への人口移動率(1955年を100とする)
(増田悦佐『高度経済成長は復活できる』より)
つまり高度成長は、急速な人口増加と、それによって農村の若者が都会に出ていったことによってかなり説明できるのだ。
したがって70年代に日本が到達した成長率が、成長理論で言う「定常状態」で、80年代にそれを上回るバブルが発生し、90年代に消滅したと見ることができる。
つまり、現在の低成長は定常状態に近いので、これを大きく引き上げることは難しい。むしろ労働人口が急速に減ることを考えると、マイナスが大きくなる。過去10年の実績を見ると、日本の資本蓄積と労働人口の減少はほぼ等しい。
もう1つの影響は、労働人口が減るために消費が減ることだ。高度成長期のエンジンになったのは、都会に出てきた若者が新しい耐久消費財を買う旺盛な消費意欲だったが、これも高齢化によって衰える。しかも、個人金融資産の3分の2は60歳以上が持っているので、新しい投資に向かわないで預貯金が増える。
要するに、かつて高度成長をもたらした人口ボーナスがなくなるばかりでなく、高齢化と労働人口の減少によって、こうした要因がすべて逆転し、労働人口と消費が減り、都市の高齢化でエネルギーが失われる「逆高度成長」とも言うべき現象が起こるのだ。

ただ、GDPが下がっても、人口が減少するので1人あたりGDPはマイナスにはならないだろう。むしろ過密な都市が住みやすくなるかもしれない。
しかし問題は、所得が均等に分配されないことだ。以前の記事でも紹介したように、日本の社会保障は貧しい若者から豊かな高齢者に所得を移転しており、これから高齢化が進むと、この傾向はさらに激しくなる。
都市から農村へ、若者から老人への所得移転を止めよ
経済情勢は予測しにくいが、人口動態はかなり正確に予測できる。したがって対策もはっきりしている。
成長率は「資本蓄積率+労働投入率+生産性上昇率」で決まるので、前述のように資本蓄積と労働投入が打ち消し合うと、生産性上昇率が成長率にほぼ等しくなる。したがって労働人口減少の負の影響を小さくするには、生産性を高めることが重要だ。
特に労働生産性が低いのは、終身雇用などの硬直的な雇用慣行のために、生産性の低い古い企業から新しい企業に人材が移行することが困難だからである。
また年功序列の賃金体系も、働く若者の生み出した所得を中高年に移転し、既存の社員の雇用を守るために新卒の採用が減らされている。おかげで今年の大卒内定率は6割を切ったと言われる。これも老人の既得権のために若者を犠牲にするシステムだ。
ところが民主党政権は、労働者派遣法の改正によって硬直的な労働市場をさらに硬直化させ、来年度予算でも社会保障関係費を聖域にして1.3兆円の「自然増」を容認している。こういうバラマキ福祉のツケは、すべて若者に回るのだ。
高度成長期に人口が増え、特に都会の若者が増えた時代には、年功序列の賃金体系は安い若年労働力を調達するのに便利で、彼らが人口の大部分を占める時代には、今のような賦課方式の年金制度も負担が軽かった。
しかし今、逆高度成長によって、この歯車がすべて逆に回り始めている。
日本が上り坂だったころは、無能な政治家でもよかった。政治なんかなくてもよかったのだ。しかし、下り坂を下るのは、上るよりはるかにむずかしい。
成長率の高い都市から低い農村へ、生産性の高い若者から低い老人に所得を移転する政策をやめ、年功序列をやめて財政負担を均等化する必要がある。
それを避けて過去の成功体験にしがみついていると、日本は坂道を転がり落ちるだろう。

必要なのは、明治維新ではなく、1940年体制との訣別

月曜日, 11月 29th, 2010

以下は、ライブドアで見つけた記事
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逍花 提供:月明飛錫
2010年11月29日02時32分

今日、11ヶ月間続いた『龍馬伝』が、最終回を迎えた。一般的にはわりと盛り上がっていたようだが、個人的には、いまひとつ入り込めないところがあった。

なぜなのだろうと考えてみたところ、いまの日本に求められているのは、明治維新ではないと感じているからだ、という結論に至った。

例えば、大政奉還後、慶應3年11月に、新政府の基本方針を示すために坂本龍馬が自ら書いたと言われている「新政府綱領八策」。日本を近代化することによって世界国家の仲間入りを果たすという、明治維新の原点が示されている。

こちらが実物の画像↓
国立国会図書館「史料に見る日本の近代-新政府綱領八策」

簡単にいうと、第1義と第2義では人材の登用、第3義では外交、第4義では憲法の制定、第5義では議会の設置、第6義では陸海軍の設置、第7義では近衛兵、第8義では為替レートについて書かれている。

今の日本では、ここに書かれていることは、実現されている。少なくとも、生まれながらの身分が問われて、何かの職業につけない人はいないはずだ。封建制から民主主義への転換はすでに終り、家父長制が強かった明治時代と比べても、いまの日本人は、はるかに自由を謳歌している。

しかし、今の日本は閉塞感に覆われており、イギリスのエコノミスト誌に、「東のアルゼンチンになる」、「イースター島になる」と書かれても、正面切って反発する人は少ないように見受けられる。むしろ、衰退国としての将来を、甘んじて受け入れている人が多いのではないだろうか。

日本の開国は、移民と一部の農作物の輸入を除くと、制度的にはある程度行われているといえる。それでも日本人が内向き志向になり、リスクをとらなくなった理由は何かと考えるべきだろう。

私は、明治以降の日本には、明治維新に匹敵する転換点があったと考えている。それは、野口悠紀雄さんのいう「1940年体制」である。

終身雇用や年功序列を特徴とする日本型企業、間接金融中心の金融システム、平等主義などは、日本特有の社会・経済システムであるとしばしば考えられている。しかしこれらは、昔から存在していたのではなく、総力戦遂行という特定の目的のために導入された特殊なシステムだった。それ以前の日本は、株主優先の会社、非終身雇用、直接金融中心であった。そして、第二次世界大戦に勝つための「1940年体制」という国家総動員体制は戦後も続き、それが高度経済成長期をささえ、さらにはそれが現在の日本経済の足を引っ張る要因になっている。これが、野口悠紀雄さんの著作『1940年体制 さらば戦時経済』の主張だ。

戦争遂行という国策のためには、「利益」よりも「生産」が重視された。儲からないから、兵器は作りません、では戦えない。重要な資源を国が統括して、戦争遂行のために配分した。日本の製造業の大きな特徴である下請制度も、軍需産業の増産のための措置として導入された。今では、大企業を中心とした企業グループが、1つの企業のようになっている。

戦後は、1940年体制によって確立された金融システムが、基幹産業と輸出産業に資金を重点的に配分することによって産業構造を大きく変化させた。これらの金融システムは、大企業と金融機関中心に組み立てられており、貯蓄の供給者である家計は、本来得られたはずの利子所得を得られなかった。それでも高度成長期は、全体的に賃金水準が上昇したため、家計に経済成長の果実が還元された。

このことは「会社中心主義」につながり、多くの「会社人間」を生み出し、彼らは会社と運命共同体となり、企業の存続が最重要の課題になった。

現代では、IT化とグローバル化で、これまでのビジネスモデルが陳腐化し、新しい産業への人材供給、企業間での人材移動の必要性が高まっているにもかかわらず、人材の流動化を円滑に行うような政策は実行されていない。これは、1940年体制の基本的な理念である、「生産優先主義」と「競争の否定」から脱却できていないのが大きな理由なのではないだろうか。

「生産優先主義」とは、生産力の増強がすべてに優先すべきであり、それさえ実現されれば、様々な問題が解決されるという考えである。

競争の否定」は、この体制が、あるひとつの目的のために国民が一致団結して働くことを目的としているため、チームワークと成果の平等配分が重視され、競争は否定される傾向にあることだ。産業でも会社でも、脱落者を発生させないことが重視された。

「経済成長」という総力戦でうまく機能したシステムは、「変化」に対応できず、閉塞状況に陥っている。今の日本の将来を描くために必要なのは、「1940年体制」を脱ぎ捨てることだ。
日本が明治新国家を建設したとき、近代化を進め世界の大国と肩をならべるという目標があった。1960年代の高度成長期にも、夢があった。

今の日本では、残念ながらそうした夢を見出せないでいる。しかしグローバルに見ると、「古い企業から新たな企業へ」、「製造業から知識産業へ」、「組織から個人へ」の移行が始まりつつある。

こうした環境の変化をふまえ、「生産優先主義」と「競争の否定」から訣別し、「消費者優先社会」を実現するべきだろう。

財政破綻から身を守るには

火曜日, 11月 23rd, 2010

以下は、wedgeの記事
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財政破綻から身を守るには
30代からの“国に頼らない生き方”(1)財産
2010年08月30日(Mon) WEDGE Infinity 編集部
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財政破綻の悪夢が、現実味を帯び始めてきている。財政再建に必要なのは、歳入の増大と歳出の削減だが、先の参院選では、菅総理の増税発言が波紋を呼び民主党が大敗。消費税増税による歳入の拡大は当面難航が予想される。また政府は7月27日、概算要求に対し一律1割削減の決定を下したが、900兆円を超える莫大な借金を解消するためには、社会保障費にも切り込んだ大胆な歳出の削減が必要なはずだ。しかし、世界一のスピードで高齢化が進むこの国で、高齢者に不利な政策など通るわけもなく、ツケを回される若者の側にも政治を変えるために自ら立ち上がろうという気力は見られない。
下のグラフは、このまま財政赤字が拡大していった場合、10年余り先で国債残高が家計金融資産を上回ることを試算したものだ。現在、日本の国債は95%が国内で消化されており、「だから大丈夫」という声は根強い。しかし、たった10年余り先に国内で消化しきれなくなる日が訪れるかもしれないのだ。財政破綻が起きた場合、いま30代40代である私たちの世代の生活は、どのような影響を受けるのだろうか。


財政破綻が起きたらどうなる?
「財政破綻が起これば、国の債務の多くが返済不能となって国債を多く保有する金融機関や年金基金などは行き詰まり、結局国民の金融資産の多くが消えることになります。過剰な国債発行によって経済にばら撒かれたお金の価値も一気に減じて、インフレや金利の高騰によって多くの企業が倒産し、大量の失業者が発生するでしょう。さらに、円安が起こることによって、輸入品が総じて高級品になることもインフレをさらに押し上げる要因となり、輸入に頼って生きている日本人の生活水準を押し下げると予想されます。こうなれば、公務員や多くの労働者、年金生活者などの給与・年金の遅減配が起こるとともに、たとえば10%以上となってもおかしくないインフレによって可処分所得は大幅に目減りすると考えられます」(みずほ総合研究所・チーフエコノミスト・中島厚志氏)
たとえば、小学生の子どもを2人持つ40歳既婚の男性が、手取り30万円もらっていたとして、可処分所得が20%目減りしたとすれば24万円となる。子どもの教育費や住宅費など家計に余裕がない中でこれだけ大幅な目減りに遭えば、これまで通りの生活を続けていくことは困難になるはずだ。もちろん20%というのは仮定の話だが、財政破綻によるインフレや金利大幅上昇の中では実質的にこれくらい可処分所得が下がることは十分にありうる。
いまのようなデフレの中で、10%以上のインフレなどありえないと思ってはいけない。円安が引き起こす輸入品の値上がりだけでも、私たちの懐を十分に直撃する。ガソリン価格の上昇分が、さまざまな生活必需品の価格に上乗せされ、多くの食材を輸入に頼っている日本では、肉や魚、野菜に至るまであらゆる食料品が軒並み高騰するだろう。運よく職を失わなかったとしても、私たちの生活は相当苦しい状況に追い込まれることが想像される。しかし、それだけでは終わらない。中島氏はさらにこう続ける。
「国民の生活がこれだけ厳しくなれば、政府が経済政策を最大限発動すべきですが、事態は逆になります。厳しい経済状況にもかかわらず、財政再建のために、大幅な増税と、社会保障関係費や地方交付税も含めた財政支出の大幅な削減が同時に行われるでしょう。補助金によっては支給が停止される場合もあります。仮に、現在の財政赤字44兆円を一気にゼロにしようとすれば、たとえば10%の消費税率引き上げ(約25兆円の増収)とともに、国債費を除いた歳出(71.7兆円)を3割弱(約20兆円)カットする必要があります」
増税は、言うまでもなく家計をダイレクトに圧迫する。さらに私たちの生活を根本から脅かすのは、社会保障費などの財政支出の大幅な削減だ。年金が削られ、セーフティネットである失業給付なども目減りする。これは、弱者がより厳しい立場に追い込まれることを意味する。また、教育や医療、道路や水道といった生活インフラも、補助金が減らされることで、これまで当たり前のように享受してきたサービスの質の低下は避けられなくなるだろう。
財政再建を進めても、厳しい現実が待っている
では、財政破綻を回避するために、政府が着実に財政再建を進めていくとしたら、私たちの生活はどのような影響を受けるのだろうか。財政破綻する場合に比べればずいぶんと緩い事態を想像してしまうが、前出の中島氏によれば、そうでもないようだ。
「今後の少子高齢化の進展を考慮すると、消費税を段階的に上げていき、今後15年ほどで15%程度まで上げることが不可欠です。それに加えて、欧米諸国のように、社会保障の負担・給付の見直しや年金制度の仕組み変更などを通じて自己負担や自助努力の度合いを大きくしていく必要があります」
円安やインフレ、金利の高騰などが起こらないため、倒産などによる失業率の急激な上昇は抑えることができるものの、消費税や社会保険料の大幅な引き上げによって負担が増える一方、年金などの給付が削減される構図は、長期間で考えれば財政破綻した場合と変わらない。長期間にわたって財政支出が抑えられるので、行政サービスの質の低下も免れない。私たち個々が抱えることになる負担は、対応する時間がある分だけ増え方がゆっくりとはなるものの、結果としては財政破綻する場合とそう違わないのかもしれない。
国には頼れないこの将来の現実に備え、私たちは今からどのような対策を講じることができるのか。ここでは、「財産」、「健康」、「地縁」の3つに分けて、その自衛策を紹介していこう。
自分の「財産」を守るには
「万が一、財政破綻が起きることを前提にするのであれば、外貨建ての金融資産をできるだけ分散して持つことが賢明でしょう。ただし、日本円と連動して動いている米ドルではなく、豪ドルやブラジルのレアルなど、円や米ドルと逆の値動きをしている通貨を選んでおきたいところです。また、外貨建て金融商品の他にも、現物である金やプラチナに換えておくのもひとつの手でしょう」(ファイナンシャルプランナー・浅井秀一氏(ストックアンドフロー・代表取締役))
日本円でどんなに資産を持っていたところで、円が暴落して高インフレが発生すれば、その資産価値は大きく毀損してしまう。富裕層の多くは、すでに多額の資産を海外に移しているとも言われ、日本で財政破綻が起きた場合、海外に移すほどの資産を持たない人との経済格差はさらに広がることが予想される。しかし、私たち国民がこぞって海外に資産を移すことは、国債を国内で消化できなくなる事態、つまり財政破綻の引き金を自ら引く行為であることも同時に自覚しておくべきだ。
では、財政破綻が起きないことを想定した場合、どのような資産運用の方法が効果的なのだろう。
「名目GDPで見ると、日本経済は1991年~1992年と同じ水準にあることがわかります。このため、国内株式投信を長期で保有しても資産価値は増えてくれなかったわけです。資産運用はドライブに例えるとわかりやすく、まず目的地とそこにたどり着くまでの所要時間(=老後までにいくら必要か)を見積もってから、到達するためのコース(=投資方法)を選び、道路の環境(=世界経済の動向)に合わせてスピードを調節しながら目的地に向かいます。時にはパーキングに入って休む(=投資を控える)ことも必要でしょう」(同・浅井氏)
そして、「日本の景気はアメリカの景気と連動しているため、アメリカの動向に注目することが大切」と、浅井氏は言う。アメリカの景気はおよそ4年ごとに波を打つ傾向があり、これは大統領選に連動したものであるとのこと。つまり、次の選挙の約1年半前の時期(選挙前年の春)になると、選挙での得票を狙い大規模な景気対策が打たれ、経済が回復していくのである。この繰り返しによって波を打つ景気に、自らの投資行動を合わせればよいということだ。
また、リスクを回避する方法については、前述の分散投資に積立投資を組み合わせることで効果が上がるという。
「年金関連法案が成立すれば、2012年1月から、確定拠出年金のマッチング拠出(企業年金に個人で積み増すこと)が可能になります。所得控除の対象にもなるので、これはおそらくブームになるでしょう」(同・浅井氏)
もちろん、確定拠出年金をリスク性商品で運用した場合、財政破綻に伴う株価暴落等があれば大幅なマイナス運用に陥る可能性もある。だがこれからの時代、何もせずにただ預金を増やしていくだけでは、資産が目減りしていくのを黙って見過ごすことになりかねないのも確かである。

年金の考え方

火曜日, 8月 17th, 2010

今の年金の考え方は、以下の通りである。こんだけ老人がいる。その老人に年金を支給するには、これだけ金がかかる。だから、その金額を勤労者から取るには、一人の勤労者からこれくらい徴収せねばならない。(足りない分は、税金で補う。)
これは、受給側から支給側に向かって計算する考えであるが、その逆の考えもあってしかるべきである。支給側から受給側に向かって計算するという考えである。
すなわち、これだけ勤労者がいる。その勤労者が支払える総金額はこれこれである。その金額を最高齢者側から支給してゆくと、何歳まで支給できる。たとえば、70歳まで支給できる。だから、70歳までの人は、働いてください。
この考えを一般化すると、支給と受給の境目の年齢と、支給金額、受給金額を変数として、方程式を立ててそれを解いて、どの解がよいか、国民が選びという話になるであろう。
もうそういうことは、どこかでやっているのかもしれないが。

戦後が変わり始めている?

金曜日, 8月 13th, 2010

この間の、8月6日の広島の平和記念式典には、米英仏の代表初めて参加した。
8月9日の長崎の式典には、英仏が初めて参加した。
これは、核軍縮の流れだ。

これとは、別の流れもあるようだ。

フランス極右政党の「国民戦線」のルパン党首を筆頭に、
イギリス、オーストリア、ハンガリー、ベルギーなどの右翼政党のメンバーが
終戦記念日に靖国神社を参拝するらしい。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100812-00000026-scn-cn

これは、どういう流れなのだろうか? エコノミストも取り上げている。

http://www.economist.com/blogs/asiaview/2010/08/far_right_gathers_japan_1

税制

金曜日, 8月 13th, 2010

最近、消費税をあげるとかあげないとかの議論があるが、私は、消費税は早く上げるべきだと思う。
消費税は、日本は5パーセントだが、欧米は20パーセントくらいの国もある。
日本は、他の国と経済競争をしているが、主に欧米と経済競争としている、と言って良いであろう。(中国とかもあるが)
とすれば、税制を欧米と同じようにしておくほうが安全である。
例えば、法人税を欧米に比べて高くしておくと、会社に逃げられてしまう。
これは、日本にとって損失である。
税制の差が日本の経済競争の足を引っ張ってはいけない。
税制を、良い悪いの観点からのみ議論するのではなく、
経済競争の主要相手国との差異の大小からも議論すべきである。

世界は、定年制廃止へ

日曜日, 8月 8th, 2010

以下は、本日(2010年8月8日)の 読売新聞の記事である。
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65歳定年、英が廃止へ…日系企業にも影響か
【ロンドン=是枝智】英国政府は、2011年4月から、65歳としている民間企業の定年制を廃止する方針案を明らかにした。

半年間の移行期間を設けたうえで同10月から完全実施する。
高齢化社会に対応するのが狙いだ。産業界は強く反発しているが、英国では緊急時などの場合、政府の権限で法改正できるため、実施は確実な情勢だ。
政府は、財政悪化などを理由に、公的年金の支給開始年齢(男性は65歳、女性は60歳)を30年以上かけて段階的に68歳まで引き上げることを決めている。
65歳超で働いている人が現在約80万人いることも踏まえ、定年制自体を廃止するのが適切と判断した。
定年制を完全廃止にするのは珍しく、英国に拠点を置く日系企業にも影響を与えることになる。
英国では06年、企業が年齢を理由に労働者を差別することを禁じるほか、65歳未満の定年を定めた企業の社内規定を原則無効にする「年齢差別禁止法」が施行された。
日本では06年度に施行された改正高年齢者雇用安定法で、定年の引き上げ、継続雇用制度の導入、定年制度の廃止――のいずれかの措置を講じるよう企業に義務づけている。

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以前6月5日にも書いたが、定年制廃止や年金開始年齢の引き上げは、日本も早くやらねばならない。これが遅れれば、日本の経済はますます悪くなるだろう。

われわれの老後に対する価値観は、人生50年(そして60年?)の頃に作られたものである。その古い価値観は、人生80年の現在や人生90年の将来には、通用しない。
寿命の高年齢化で老後の意味が変わったのだが、老後に対する価値観は旧態依然のままなのである。

財政赤字

土曜日, 6月 5th, 2010

日本の借金は、約800兆円である。
GDP比で言うと、約1.7倍であり、先進国中最悪である。
借金がほとんど国内だから良いんだ、とか、
日本の資産は約1400兆円あるから良いんだ、
みたいな議論があるが、そうは言ってられない。
このまま行くと、財政は破綻する。
財政赤字の原因は、端的に言えば、高齢化である。
長生きする人間が増えて、年金支給額や医療費等が増えたからである。
どうすればよいのだろうか。
まずは、年金の支給開始年齢を上げねばならないだろう。
日本より平均寿命が低いヨーロッパでも、年金支給開始は67歳からという国がいくつかある。
ならば、日本は、年金支給開始を70歳くらいにしてもよいのではなかろうか。
とすると、70歳まで働かねばならないが、それには、
定年を延長するとか、廃止するとかせねばならない。
定年制廃止が本質的だろう。
そうすると、給与総額をおさえねばならないので、
60歳あたりから給与を下げねばならない。

70歳を過ぎても、働きたい人には、働いてもらえばよいだろう。
そういう人は、年金を受け取ると同時に支払うようになるので、
年金支給総額を押し下げることになる。

長生きするには、働くことである。
日野原重明氏は99歳で病院の院長である。
江戸時代の葛飾北斎は、不健康な生活をしていながら、90歳まで生きた。
絵を書くという仕事があったからである。
長生きするには、健康法も大事かもしれないが、
働くこと(仕事を持つこと)の方が重要であろう。

だから、長生きしたい人には働いてもらえばよいのではなかろうか。
もちろん、ここでいう「働く」ということは、
会社のうっとおしい人間関係の中で、好きでもないことをいやいやすることではない。
好きなこと自由にすればよいのである。
だから、当然、収入も多くはない。
収入の為に働くわけではないから、それでもよかろう。

このようにすれば、それなりに年金支給額が減るだろうが、
それだけでは十分ではないだろう。
だから、消費税は10%くらいにする必要があろう。

これで税収は増えるが、経済成長を押し下げる。
経済成長には、国際競争力を維持せねばならないから、
法人の減税も必要である。

今までは、技術輸出で経済成長してきたが、
今後は、技術輸出だけでは無理である。
そこで、文化輸出をせねばならない。
マンガやアニメやファッション等がその中心になる。

経済成長するには、人口を維持する必要がある。
子どもの数を増やすには、そのための対策が必要で、
現在、いくつかの政策が行われつつあるが、それだけでは十分ではない。

やはり、移民受け入れを考えねばならないのではなかろうか。
台湾、香港、中国、東南アジアの人で、日本で住みたいと考えている人は多い。
彼らに、移住してもらってよいのではなかろうか。

日本人の純血性とかを主張する人がいるが、
2000年ほど前には、大陸からの移民を「受け入れた」のだから、
それほどこだわることはないだろう。

日本文化の基底に存在するのは、人種的なものというよりは、
言語的なものである。日本文化を形成している核は日本語である。
だから、移民に対しては、日本語教育が重要な役割を果たす。