Archive for the ‘言語’ Category

中原中也 サーカス 擬態語

火曜日, 8月 31st, 2010

中原中也の詩に、「サーカス」という詩がある。
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幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
今夜此処での一と殷盛り
今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒さに手を垂れて
汚れ木綿の屋蓋のもと
ゆあーん ゆよーん ゆあゆよん

それの近くの白い灯が
安値いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
咽喉が鳴ります牡蠣殻と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外は真ッ闇 闇の闇
夜は劫々と更けまする
落下傘奴のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
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「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」 これは擬態語だ。何の擬態語かわかりますか?ブランコの揺れるさまを擬したらしい。ブランコ自体擬態語なのでは?ぶらーんぶらーん から来ていそうである。

中原中也の詩の中では、生い立ちの歌が好きだ。

幼年時
私の上に降る雪は
真綿のやうでありました

少年時
私の上に降る雪は
霙のやうでありました

十七ー十九
私の上に降る雪は
霰のやうに散りました

二十ー二十二
私の上に降る雪は
雹であるかと思われた

二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪と見えました

二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました……
私の上に降る雪は
花びらのやうに降つてきます
薪の燃える音もして
凍るみ空の黝む頃

私の上に降る雪は
いとなびよかになつかしく
手を差し伸べて降りました

私の上に降る雪は
暑い額に落ちくもる
涙のやうでありました

私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して 神様に
長生きしたいと祈りました

私の上に降る雪は
いと貞節でありました

韓国で漢字復活なるか?

月曜日, 8月 30th, 2010

韓国では、朴大統領のときに、漢字を廃止した。金大中大統領のときに、漢字を復活させようとしたが、あまりはかばかしくなかった。マンガを使って漢字を復活させとうとしているみたいだ。以下は、今日の朝日新聞(オンライン)にあった記事。

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韓国静かに「漢字復活」の潮流 子ども向けマンガが大ヒット

2010年8月30日11時2分

ハングル文字を重視してきた韓国で、静かに“漢字復活”の動きがある。楽しみながら漢字を学べる小学校低学年向けの学習マンガ『魔法千字文』シリーズが大ヒットしているのだ。漢字の魔法を武器に主人公のソン・ゴクウ(孫悟空)が大暴れするストーリーが人気で、既にテレビアニメ化も決まった。

戦う相手を小さくするには「小」、火で攻めてきた相手には「風」。一つ一つの漢字を魔法の呪文として使い、サル族のボス、ソン・ゴクウが次々と怪物や悪党を倒していく。主人公を応援しながら読み進むうちに自然と漢字の意味や読み方を覚えられるのが、『魔法千字文』シリーズの特徴だ。

出版したのは大手出版社のBOOK21。ビジネス本が得意だったが、今回の大ヒットで総合出版社として急成長した。金永坤(キム・ヨンゴン)社長は「ハングル政策が進み、学校で漢字を学ばない子供たちの語彙(ごい)力を心配する親が増えた。そうした親たちの間で、子供に漢字を学ばせたいという空気の広がりを感じて企画した」と語る。

『魔法千字文』では、ストーリーの合間に漢字の意味や書き順を教える解説ページが入り、1冊で約20文字の漢字を学べる。2003年11月以降、18巻刊行され、累計で1200万部も売れる大ヒット。シリーズはこれからも続く。それだけでなく、韓国にはなかった「学習マンガ」という新しいジャンル、市場も生み出した。

人気の過熱を受け、テレビアニメ化の動きも始まった。韓国の大手アニメ制作会社、G&Gエンターテインメントが急ピッチで3Dアニメ化を進めている。同社の鄭極布(チョン・グックポ)・最高経営責任者(CEO)は「1200万部売れたということは、韓国のほとんどの子供が読んだという数字に匹敵する」と、アニメの成功に自信をのぞかせる。

韓国国内では来年5月のテレビ放映を目指すが、政府の支援も取り付けた上で、「バトルものアニメ」として欧米市場にも売り込む予定だ。

■親は「ハングル世代」 「遺伝子に儒学への関心」

子供たちに『魔法千字文』を買い与えている親は、韓国で「ハングル世代」と呼ばれる人たちだ。

ハングルは、1446年に朝鮮王朝第4代国王の世宗によって公布された。大韓民国成立後の1948年には「ハングル専用に関する法律(ハングル専用法)」が公布され、朴正熙(パク・チョンヒ)政権時代の70年に漢字廃止宣言が出された。韓国最古の大学と言われる成均館大学の李基東(イ・ギドン)教授は、「朴政権による急速なハングル専用化政策の背景には、民族主義の高揚と識字率向上の目的があった」と語る。

その反動もあってか、中学・高校の選択科目として漢字教育復活の動きも出始める。98年に当時の金大中(キム・デジュン)大統領が漢字復活宣言を発表。しかし今の40代以下の世代は、漢字を使わないのが実態だ。

自らも「ハングル世代」という八洲(やしま)学園大学(横浜市)の嚴錫仁(オム・ソギン)准教授は、「我々の世代には、漢字に対するアレルギーがある。漢字入りの本は一切買わないぐらい拒否反応が強い」と語る。そんな「ハングル世代」が自分の子供に漢字を学ばせたがる理由は何なのか。李教授はいくつかの理由を挙げる。

一つは小学生が受ける漢字検定試験の結果が内申書に反映され始めたこと。韓国特有の厳しい受験戦争に勝ち抜くためにも、今や漢字の学習は必須になった。

同時に、漢字ができる生徒は他の科目の成績も高いという調査が発表され、漢字教育熱に拍車がかかった。復活しつつある漢字は中国、台湾、香港の漢字より日本の字形に近いが、「経済的に中国の存在感が高まり、サムスンをはじめ一流企業が漢字の習熟度を採用基準に加えた影響も大きい」という。

しかし、それ以上に李教授が注目するのが「儒教をはじめとする韓国の伝統的価値観への回帰」だ。

成均館大学内の儒学大学院で、大企業の元社長や元大学総長、国会議員などが学ぶ姿が話題になった。漢文を教える学校が増え、多くの社会人が心の豊かさを求め、論語や孟子などの古典を学び始めているという。

「韓国人の遺伝子には、儒学への関心が組み込まれています。親が『魔法千字文』を子供に読ませたがる背景には、単に受験に役立つというだけでなく、漢字の勉強が将来的に子供の教養と人格形成に役立つだろうという思いがある」と、李教授はみている。(竹端直樹)

マンガ・アニメで日本語を学ぶ外国人を支援

火曜日, 8月 24th, 2010

マンガを原語である日本語で読みたいという外人が増えているとのことである。
そこで、日本語を学び始めるのだが、日本語が難しいので、
挫折してしまうことが多いらしい。
これは、日本とすれば、もったいない話だなあって思っていたら、
最近の新聞に、国際交流基金がそのためのHPを開設して好評、という記事があった。
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「アニメ・マンガの日本語」世界的人気に
「モテモテ」「ムカつく」「かかってこい」など、日本のアニメや漫画によく出てくる表現を学べる外国人向けサイト「アニメ・マンガの日本語」が人気だ。

独立行政法人・国際交流基金関西国際センター(大阪府田尻町)が2月に開設したところ、アクセス数は半年間で約120万件に達した。海外のアニメファンの心をしっかりつかんだようで、利用者は世界165の国・地域に及ぶ。
日本のアニメや漫画は海外でも若者らに支持されており、最近では「漫画を日本語で読みたい」というファンが増加。ところが、日本語の教科書にはない表現も多く、意味が分からないまま、読み飛ばしている人も多いという。
外国人の日本語研修を行っている同センターにもそうした相談が寄せられ、学習サイトの開設を計画。「鉄腕アトム」「ドラゴンボール」など約300の作品を調査し、登場機会の多い少年や少女、侍など8種類のキャラクターごとに、それぞれが多用する計3000種類のセリフや表現を収録した。
日本語で書かれたセリフを選択すると、意味や使用方法が英語で表示され、発音を聞いたり、クイズ形式で学んだりすることも可能。プロの漫画家が書き下ろしたオリジナル作品を通じ、「モグモグ」「ざわざわ」などのオノマトペ(擬態語・擬声語)の意味を学べるコーナーなども設けた。制作費は約800万円。
担当者は「予想以上の反応。サイトを機に、日本への理解がさらに深まれば」としている。アドレスはhttp://anime-manga.jp
(2010年8月21日16時12分 読売新聞)

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「モグモグ」「ざわざわ」などのオノマトペ(擬態語・擬声語)の意味を学べるコーナーもあるとのこと。 僕も、今、マンガ好きの学生と、日本の小説やマンガに登場する擬態語・擬音語がどのように外国語に訳されているかを調べているので、近いうちにそのコーナーをのぞいてみよう。

中国語の約7割が日本語

火曜日, 8月 24th, 2010

8月14日に、中国の正式国名「中華人民共和国」の
「人民」と「共和国」が日本語だということを書いたが、
シンガポール紙によれば、現在の中国語の約7割が日本語だということである。

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2009年2月15日 09時47分

現代中国語にあふれる日本語、「職場」「人気」など逆輸入―シンガポール紙

13日、日本語を由来とする言葉が現代中国語のなかにあふれ、中国の現代文化に大きな影響を与えていると伝えられた。

2009年2月13日、シンガポール華字紙「聯合早報」は、現代中国語の社会や科学、文化の分野で日本語を由来とする言葉が7割を占めると報道。外来語である日本語が現代中国文化に大きな影響を与えてきたと説いている。

中国の漢字が日本に渡ると、日本人はこれを用いて日本独自の発想の下に新しい言葉を作った。その多くが中国に逆輸入されていることは中国ではあまり知られていない。芸能ニュースでよく目にする「人気」や「写真」「超…」といった言葉は日本からの外来語だ。

中国人が知らずに使っている言葉の多くが日本語である確率は高く、最近目にする「新人類」や「職場」「達人」なども日本語からの逆輸入。また、日常的に使用される「健康」や「衛生」「文化」「時間」「労働」「生産」などの言葉もすべて日本語から来ている。これら日本語の中国での浸透度はあまりにも深く、範囲も広い。今や日本からの外来語抜きで中国語は成り立たず、会話も出来ないほどだ。

一部の中国人はこうした状況を「日本語による文化侵略」や「中国語の災難」と批判しているが、それは彼らがあまりにも狭い立場からでしか物事を見ていない証拠であると同紙は指摘する。現代中国語のなかにあふれる日本語は日中両国の文化交流と文化融合の結果であり、中国の現代化を推し進める原動力になっていると記事はまとめている。(翻訳・編集/本郷)

中華人民共和国

土曜日, 8月 14th, 2010

中国の正式名称は中華人民共和国だが、
これは、 中華+人民+共和国である。
これを、中国語だと思っている人が多いだろうが、
「人民」と「共和国」は日本語である。
毛沢東は、それを知っていて、それでもよいとしたらしい。
幕末から明治にかけて、西周等が、さまざまな西洋語を翻訳(造語)した。
それを、魯迅や孫文等が日本から中国に持ち帰ったのである。
だから、中国の中に多くの日本語が存在する。
あまりにも日本語が多いので、それを嫌って、中国で独自に言葉を作ったが、はやらなかった。
で、現在、経済や社会や科学等の分野では、ざっと半分位(もしくはそれ以上)は日本語らしい。

中国共産党は、広東語を殺せるか?

日曜日, 8月 8th, 2010

以前5月30日でも書いたが、消滅した言語は、消えたのではなく、殺されたのである。権力によって。現在、その大規模な言語殺戮が中国で進行中である。話者数約7000万人の広東語を、中国共産党は消そうとしている。

以下は、毎日新聞(8月8日)の記事である。

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http://mainichi.jp/select/world/news/20100808k0000m030055000c.html

中国:「広東語を守れ」広州でデモ続発 普通語提案に動揺
中国広東省を中心に使われる広東語を守れと訴える住民デモが同省広州市や香港で続いている。今年11月の広州アジア大会を前に地元テレビの使用言語を普通語(共通語)にするよう市長に提案があったのがきっかけ。当局は一部のデモ参加者を拘束するなど不満の抑え込みに躍起だ。【広州で鈴木玲子】

「警官隊が公園から参加者を追い出し、怒った住民と警官がもみ合いになった。警官は公園を包囲するほどすごい数だった」

広州市政府庁舎の目の前にある人民公園。近くの女性雑貨店主(40)が今月1日の集会の様子を振り返った。公園は今も警官が巡回する物々しさだ。

中国ではデモや集会は申請による当局の許可制だが、この日の無許可集会は2000人に膨れ上がった。公園から排除された参加者は路上に流れ、行進を続けたデモ隊は「広東語を守れ」と連呼。一部の参加者や記者が当局に一時拘束された。香港でも同日、民主派の活動家ら150人がデモを行った。

広州では先月25日、地下鉄・江南西駅前広場で2000人が広東語擁護を訴えた。参加者が路上を埋め尽くし、交通がマヒした。近くのカバン店の女性店員は「人が集まりすぎて危険なので、ビルの入り口を閉めた」と話す。目撃者によると7月31日に人民公園でも集会が行われた。

先月初め、同市の諮問機関「人民政治協商会議」の委員が、広州テレビの使用言語を普通語に変更するよう市長に提案。「広東語が廃止され、普通語が強要される」とのうわさがインターネットなどで広まり、広東語擁護運動に火がついた。中国では少数民族地域で使用言語をめぐる抗議行動はあるが、漢族の言語をめぐる住民運動はほとんどない。

市当局は先月28日、テレビの使用言語について「変更はない」とうわさを否定した。学校では教師が「広東語は廃止されないので集会には行くな」と生徒に呼びかけている。

広東語の使用人口は華僑を含め約6700万人。広州市人口約1400万人のうち広州に戸籍があるのは約700万人。半数が地方出身者で、多くは広東語を話せない。香港も97年の中国返還後、大陸の影響が強まる中、普通語への反発は強い。

【ことば】中国の言語 公用語は漢語の中の北京語を基本にした普通語。漢語には北京語のほか広東語、福建語、呉語(上海など)などの方言がある。また、漢民族以外の少数民族(55民族)にもチベット系のチワン語やウイグル語など多様な言語がある。普通語は方言の壁を解決するために設定された中国の標準語。多くの中国人は基本的に普通語を聞けば理解はできるが、他の方言を話す者同士では会話が難しい。

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上の文中の「普通語」は、正しくは「普通話」である。

『普通話(現代標準漢語)(ふつうわ/プートンホア)は中華人民共和国において漢民族の共通語として作られた中国語のことをいう。「普通」は中国語で「普(あまね)くゆき渡る」を意味する。北京語音を標準音とし、北方話を基礎方言とし、典型的な現代白話文の著作を文法規範とする。』(ウイキペディア)

今回のデモのきっかけになったことがらの真偽はわからないが、「中国の言語は普通話だけ」は中国共産党の基本政策である。

英語公用語

木曜日, 7月 1st, 2010

先日、ユニクロが、英語を会社の公用語にしたというニュースを見た。昨日、楽天が、英語を会社の公用語にしたというニュースを見た。

やばいのではなかろうか。このペースで行くと、日本語は、あと何年もつであろうか。
100年くらいで、日本語は死語になってしまうかもしれない。
英語を合理化して人工言語化し、そして、語彙を入れ替えて、真の(事務用)地球語を作らねばならない。

以下は、今年の1月8日のブログに書いた「合理化英語」である。

合理化英語
金曜日, 1月 8th, 2010

現在では、自然言語の英語がそのまま国際語になっているが、これでは、初学者の負担が大きい。 どうでもよいような規則までも覚えねばならない。 国際語としての英語は、自然言語の英語とは別の、合理化した英語にすべきではなかろうか。

英語を合理化するとは、どういうことか。たとえば、発音に関しては、英語では表記どおりに発音しないが、合理化した英語では、表記どおりに発音する。 たとえば、I love you は アイ ロベ ヨウ となる。発音しづらければ、表記(スペル)のほうを直せばよい。
アイラブユー と発音したければ、 I lavu yu(もしくは I labu yu)と、書けばよい。
その他の合理化は、動詞の過去形の語尾変化はすべてedをくっつける、過去完了は廃止する、大文字の廃止、複数単数の区別の廃止等々である。

日本人には、there 構文の充実がうれしいであろう。日本語は空間の比喩が多いからである。「イギリスに行ったことがある」を I have been to England ではなく、there is fact that i goed to england と書ければ、(日本人からすればわけのわからない)現在完了とかで過去の経験を語る必要もないし、a (単数か複数かの区別)もいらないし、wentを覚える必要もないし、大文字を気にする必要もない。

そして、このような合理化を行った後で、定期的に、単語を英語以外の言語の単語に変えてゆく。 たとえば、comeを kuru(来る)に変える。

このような作業を行えば、200年語から300年後には、合理化英語は、自然言語の英語とは違う言語になるであろう。そして、国際語(地球語)にふさわしいものになるであろう。

上記の作業はどこが行うのが適当であろうか。ユネスコなどであろう。
もし、そのような作業が実現すれば、現在、ISOで繰り広げられているような国際的な戦いが、合理化英語でも繰り広げられるのであろう。たとえば、上述の there構文を合理化英語として認めるべきかどうかに関して戦いが繰り広げられるのである。

エスペラントは、話者が100万人くらいらしい。エスペラントは、基本方針がまずかった。英語が事実上の国際語であるということを無視して、それと別の言語をいきなり提示しても普及はしない。国際語を作るには、英語を初学者に楽なように直して行き、遠い将来、英語とは別の言語にするという方針が良いであろう。

ことばと国家(田中克彦、岩波新書) メモ

日曜日, 5月 30th, 2010

p3
ロシア語では、ドイツ人のことをネーメツと言う。
これは、ネモーイ(おし)ということばから出ている。
ロシア人からみて、ドイツ人は何やら口を動かしてさえずってはいるが、
それはことばではないと思われていたらしいのである。現代の日常語のなかでも、
ドイツ人は「おし」と呼びつづけられていることは、過去の言語意識の生きた化石と呼んでもいい例であろう。

p53
文法の誤りなどというものは、文法が発明される以前にはまったくなかった。F.マウトナー

p58-59
ネブリーハはこの「文法」の序文の冒頭のところで、国家の興亡と言語の興亡とがいかに深い関係にあるかを述べ、そのことを、「言語はつねに帝国の伴侶である」と表現した。

p70
国家が学校を作ってそこで教えるようになった文法は禁止の体系である。
文法は法典であり、規則であり、そこに指定された以外の可能性をぬりつぶしていく
言語警察制度を自らのなかに作り上げる作業である。
したがって、このような精神のはたらきが、
創作のいとなみとは真反対のところにあることはすぐに理解できる。
アンドレ・マルチネは、「文法家どもがことばを殺す」というはげしい題名の論文を書いている。

p118
フランスが世界に先立って確立し、ひろめられた言語の中央集権化にともなう、少数言語弾圧のシステムは、日本の方言滅ぼし教育の具体的な場所でも、こまかい点までなぞって導入されたものと考えられるふしがある。

琉球のばあいは、

「横一寸縦二寸の木札」を用意して、誰か方言を口にした生徒がいれば、ただちにその札を首にかける。

p120
たまたまオック語(フランスの「方言」もどき)の単語が口にのぼることがあると、
その罪人は、かれの恥を人目にさらすしるしとして、senhalを首にかけられる。中略
この罪人は、だれか級友のうちにオック語を口にした奴がいて、そいつに首環をかけてやれないものかと聞き耳をたてている。これは全体主義国家とか、悪夢のような未来幻想につきものの、内部密告の完ぺきな制度である。
(ジャン「アルザス、ヨーロッパの植民地」)

p121
罰札の利用は、じつはもっと古くまでさかのぼる。しかし、そこでは逆に、フランス語を話した者の首にかけて、ラテン語教育の能率をはかったイエズス会の工夫であったという。

p216
人間の解放は決して言語学だけがやるものではないが、さまざまな社会的形態をとりつつ、人々をそこにしばりつけ、あらゆる差別と偏見を生み出す動機になっている言語を相手にしているかぎり、言語の科学は、その役割から逃れるわけにはいかない。
詳しく言えば、言語は差異しか作らない。
その差異を差別に転化させるのは、いつでも趣味の裁判官として君臨する作家、
言語評論家、言語立法官としての文法家、漢字業者あるいは文法家的精神にこりかたまった言語学者、さらに聞きかじりをおうむ返しにくり返す一部のヒクツな新聞雑誌製作者である。

ノーベル賞数と英語

日曜日, 5月 30th, 2010

ノーベル賞受賞者数国別ベスト10は、ウイキペディアよると、以下の通りである。

順位 国     受賞数
1 アメリカ    305
2 イギリス    106
3 ドイツ     80
4 フランス    54
5 スウェーデン  30
6 スイス     22
7 ロシア(+ソ連)19
9 日本      15
9 オランダ    15
10 イタリア    14

これから何がわかるであろうか。
アメリカが多いのは、政治経済力をも考慮すれば、それなりに納得できる。
スウェーデンが 30と国力に比べて多いのは、地元だからであろうか。
スイスが多いが、これは、永世中立国というのも関係があるのだろうか。
例えば、アインシュタインは、スイスに入っている。
ロシアが少ないが、これは、冷戦の影響かもしれない。

さて、イギリスが、ドイツやフランスに比べて多い。
僕は、この三国はもう少し拮抗していると思っていた。
イギリスは、第2次世界大戦前が多いのでないかと思ってちょっと調べてみたが、
最近でも多い。
この差は言葉が関係しているのではないだろうか。
英語が実質的な国際語であり、それが、フランスやドイツには不利に働いているのではなかろうか。

僕も、国際会議で、言葉の障壁を何度か味わっているし、
論文を書くにしても、日本語と英語では、大違いである。

日本語で考える、英語で考える

日曜日, 5月 30th, 2010

小学校英語教育が来年度から必修になる。
僕は、「日本語は論理的である」でも書いたが、反対である。
5年生から始めるようであるが、将来的には3年生からにしようとしたいようである。

英語が話せないと国際人になれないし、国際的な理解もできないということらしい。
それでは、英語が話せると国際的になれるのだろうか。
そうではないだろう。
小学生から英語教育を行うと、逆に、日本の国際的レベルは低下するだろう。
(なお、この文章中に3度現れている「国際的」の意味はあまりはっきりしていない。)

ところで、昨年、ノーベル物理学賞を日本人が独占した。
その時の韓国のあるメディアが、「なぜ日本人が基礎科学に強いのか?」という議論をしていた。
簡単にいうと、次の通りである。

「高等教育を、日本では日本語でやるが、韓国では英語でやる。
英語では、深く考えられない。
だから、韓国は国際的な業績が出せない。
これに対して、日本では、高等教育を日本語でやるから、
深く考えられる。だから、国際的な業績が出せる。」

この議論が正しいかどうかはともかく、
英語で考えると深く考えられない、というのは、その通りであろう。
それは、自分で英語で考えて見れば、簡単にわかる。
英語で考えると、かゆいところには手が届いている感じがしない。
何か上滑りな感じがする。
だから、ちゃんと考えるには、母語で考えねばならない。

小学校英語教育は、国語教育の低下につながる。
文部科学省の指導要領には、
「小学校英語教育は、国語のレベルをも向上するように行うべきである。」
というようなことが書いてある。
「べきである。」と書いてあるだけで、それが可能であるかどうかは書いてない。
小学生の総授業時間は決まっているから、英語に時間を割けば、その分だけ、
国語に割ける時間は減る。

母語である日本語のレベルが下がれば、ノーベル物理学賞ではないが、
国際レベルの思考の能力も下がる。
これが、先に述べた
「小学生から英語教育を行うと、逆に、日本の国際的レベルは低下するだろう。」
ということである。

英語だけしゃべれるようになり、その他のことがら(物理学とか)が優れていないと、どうなるのだろうか。
きわめて簡単にいうと、英米人などの英語母語話者に使われるような人間になるということだろう。それは、フィリピン等いくつかの国は英語を公用語にしているが、それらの国で観察されている。

英語で深く考えられるようになるには、英語を母語にする必要がある。
英語を母語にするということは、現在の母語を捨てることを意味する。
(バイリンガルという事例もあるが)